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2022年3月12日

『言葉を科学する【死んでも生きる人生】』

今日も絶好調!!絶好調!!

今朝も最高に幸せな朝を迎えました。
朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」

「今日も素晴らしい一日を用意してくださり、ありがとうございます」
そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。

私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。
「私は世界一の幸せ者です」

そして『言葉は力です』 言葉遣いは「明日の自分」を作ります。

今日も元気になる言葉を発して、明るく楽しく過ごしましょう。

今日は全国的に暖かな一日になりそうですが
皆さんはどんな週末をお過ごしのご予定でしょうか。

ウクライナ侵攻の話題で北京パラリンピックの影が薄いですが

アルペンスキー女子の村岡桃佳選手が今大会3つ目の金メダルを獲得し
銀メダルと合わせると4個のメダルを獲得しています。

素晴らしい活躍だと思いませんか。

また、大活躍なのがウクライナ選手団で、昨日時点で金メダル9個、
銀メダル10個、銅メダル6個の計25個を獲得しています。

そのウクライナ選手団ですが、選手村で「全ての人に平和を」と訴え
1分間の黙とうがささげました。

そして「この1分は子どもや障害を持った人たち何千人ものための1分です。

人類が文明化を遂げているなら、この戦争はやめるべきだ。

人が・・、女性が・・、子どもたちは・・
死ぬのではなく、生きる権利がある」と言っていました。

『生きて、生きて、生き抜いて死ぬ人生を歩む』

私も、その通りだと思います。この世に生を受けたなら「生きる権利」があり
「生きる義務」があると私は思っています。

ですから「他人によって殺される」ことがあったり・・
「自分の意志で死ぬ(自殺)」ことがあってはなりません。

ましてや、戦争と言う無差別殺りくで人を殺す権利など誰にもありません。

今日と言う日は、東日本大震災の災害や今回の戦争で死んだ人たちが
「生きたい」と思った、かけがえのない一日なのです。

ですから、私たちには「命のある限り生きて死ぬ」義務があるのです。

今日は「生きる」について考えます。

この世に「絶対」と言われることは二つと言われています。

一つは「絶対にない」で、もう一つは、私たちは生を受けたなら
「必ず(絶対に)死ぬ」と言うことです。

死亡率「100%」です。

朝から「死」の話など「縁起が悪い」と思わないで下さい。

私は「死ぬ」ことは、決して「悪いこと」とは思っていません。

死ななければ、私たちはしわくちゃで腰が曲がり、歯も無く
耳も聞こないような状態で生き続けなければなりません。

どうでしょうか。それでも良いでしょうか。

また「死ぬ」ことが悪いと捉えると、私たちは「死亡率100%」ですから
死が恐ろしく、怖くて仕方がありません。

そんな恐怖の日々を過ごすことが楽しいでしょうか。

ですから、私は決して「死は悪いことだ」とは思っていません。

もし「死が不幸」としたならば、私たちの人生の最後の最期は・・
「不幸で終わる」ということになります。

私は「神も仏もいる」と信じていますから、神仏が人間の最後の最期を
「不幸で終わらす」ことはないと信じています。

きっと死とは「素晴らしい体験」であり、
あの世は「素晴らしいところだ」と思っています。

だからといって「死に急ぐ」のは、神仏が私たちに託した
「使命に反する行為」なのでお叱りを受けると思います。

ですから「天寿をまっとうすること」が前提です。

また、病気で亡くなる方や事件、事故で亡くなる方を
「運が悪い」と言う方が居られますが

しかし「それは一概には言えない」と私は考えます。

私が「一番運が悪い」と思う人は、生きがいや夢を持たずせ
「生きながら死んでいるような人たち」であり

「死んでような日々を生きている人たち」です。

また、先ほど「死亡率100%」「必ず(絶対に)死ぬ」と言いましたが
肉体は滅んでも「永遠に生きる人たち」がいます。

例えば、釈迦やキリスト。或いは、偉人と言われているような人たちです。

しかし「永遠に生きる人」は、彼らだけなのでしょうか。

もし、私たちでも「誰かの心に残る生き方」をしたならば・・

または「あんな生き方をしたい」と憧れを持って頂いたとしたならば・・

自分の身は滅びても、永遠とは言えませんが、その人の心の中で
「死んでも生きる」ことが出来るのではないでしょうか。

では、そのような生き方をするには、どうすれば良いのでしょうか。

そこで、皆さんに尋ねます。

もし、皆さんの心に残るとしたら、次のどちらの人たちでしょうか。

生きてはいるが、生きがいや夢もなく「死んだように生きる人」か。

それとも、生きがいやでっかい夢を持って活き活きと輝き
「生きて、生きて、生き抜いて死ぬ人」か。

私は「生きて、生きて、生き抜いて死ぬ」と決めていますので

自分の使命と夢を紙に書いて「私のミッションは○○」
「私の夢は○○」と何かあるごとに口にするのです。

「言葉はちから」です。

その口にした言葉で自分の生きがいと夢を明確にするのです。

すると、一日一日を活き活きと過ごすことが出来るのです。

そして「生きて、生きて、生き抜いて死ぬ」のです。

その生き方(死に方)が、人に影響を与え、
その人の心の中で生きることが出来るのです。

私たちは「死」を真剣に考えると「生が輝く」のです。

そして「生きて、生きて、生き抜いて死ぬ人生」を歩むことで
「死んでも生きる」ことが出来るのです。

ですから、死んでなお生きる人生を選びたいと思ったら

「言葉のちから」を信じて、

「私のミッションは○○」「私の夢は○○」の言葉を口に
一日一日を活き活きと過ごしましょう。

そして、生きて、生きて、生き抜いて死ぬ人生を歩みましょう。

すると、人の心の中で「死んでも生きる」ことが出来るでしょう。

大丈夫!大丈夫!

あらゆる点で一層良くなる!

必ず良くなる!

良かった!良かった!

ツイてる!ツイてる!

ありがとう!

今日も、素晴らしい仲間たちと

共に生き!!

共に歩み!!

共に成長しましょう!!

今日も最後までお付合いを頂き、ありがとうございました。

感謝 合掌

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